芦屋八幡谷 |
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当「六甲山やまある記」HPの中の、このコーナーは六甲山の中のマニアックなコースを紹介するページとしている。 以前、芦屋川の上流の川沿いの道を歩いたときに迷い込んだ谷筋があった。その谷にはかすかな踏み跡が上流に続いており、古いテープ表示も残されていた。 それは、弁天岩と、芦有ゲートの中間点辺りから東に向かって、ちょうどごろごろ岳の方向に伸びている谷で、その名を八幡谷(はちまんだに)という。 今回(平成22年10月2日)は、その八幡谷を探索してみた。 |
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前方に鷹尾山が | |
昭文社の「山と高原地図」の古い版(1999年版)では、この八幡谷の上流に「青少年野外活動センター」なる施設も表示されている(ただし、現在の版には記載がない。)。そのようなものが、従前存在したのであれば、ある程度しっかりとした道が残されているのではないかとの想定で出発した。 八幡谷へは、阪急芦屋川駅からのスタートとなる。駅の北側の広場を10:30に出発する。芦屋川沿いに北に進み、ロックガーデン方面への分岐点(写真上)では、右側の道を進む。 |
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陽明水 | |
舗装路を進み、右手側に動物霊園が登場(10:44)すると、そこから山域に入る。 石の階段を登ると城山国有林の表示が確認できる。しっかりとした山道が北に向かって続いている。 芦屋川駅から30分くらい歩いたところで右手側の対岸に大きな丸い円筒状の構築物が登場する。その後、すぐに道沿いに水場が現れた(11:07)。これは陽明水と呼ばれる水場である。ここは何度も歩いているが、従前から水は涸れていた。しかし、今日は清水が流れ出ている(写真上)。 さらに、そこから7分ほど進むと宝泉水という水場が現れる。この宝泉水からも、勢い良く清水が流れていた(11:14 写真右)。 |
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宝泉水 | |
山道が、芦屋川沿いを走る県道344号(奥山精道線)に近づいてきた辺りでナマズ岩が登場し、すぐ次に弁天岩が登場する(写真左 11:33)。 弁天岩のやや北側で県道を渡り、鷹尾第二堰堤の南側で芦屋川も渡る。奥池方面を示す表示に従い、更に山中の道を北に進む。 弁天岩から25分程度で八幡谷の流れに至る。 そこはやや薄暗いところで、ちょうど砂防堰堤の前で大小の岩がごろつく場所である(12:05 写真下)。その堰堤の手前で八幡谷の流れを渡り、少し斜面を登る。すると、谷筋の右岸に踏み跡が確認できる。 |
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弁天岩 | |
八幡谷の遡行路は、最初、ある程度明瞭な踏み跡が進むべき方向を教えてくれる。適当な間隔で赤いビニールテープも登場する。ただし、テープは劣化が進んでいるので古いものである。 2年前にこの谷筋に迷い込んだ折には、こういったテープ表示だけでなく、小岩にペンキの表示が続いていたように記憶している。そのペンキ表示に誘導されるようにして迷い込んでしまったことが思い出されるが、今回はそういった明確な表示は確認できなかった。 |
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八幡谷入口 | |
八幡谷の遡行路は次第に高度を上げていく。それにつれ踏み跡は段々と不明瞭になっていった。しかし、野性の感覚で何となく踏み跡が続いているように思われる方向に進んでみると、うまい具合にテープや紐の表示が現れる(写真左)。ここではピンクの紐が、ルートを示してくれた。 機嫌よく進んでいたが、だんだんと木々の繁茂が激しくなり、藪道の様相となってきた。遂に、落葉の溜まった場所で、踏み跡が確認できない事態に至った。おかしいなー??・・と思いながら、辺りを再度確認すると、残置ロープが下に垂れ下がっていた。ここで、道は谷底の流れ近くまで下っているのだった。 |
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八幡谷に残るピンクの目印 | |
谷底近くまで下りていくと、そこには砂防ダムが待ち構えていた。それは八幡谷砂防ダム(昭和56年8月完成)であった。 堰堤には、砂防事務所により、お決まりの「立入禁止」の文言とともに、「だむの近くであそぶことはきけんですから近よらないようにしましょう」と表示があった(12:25 写真右)。散々な藪道を越えて、やっとここまでたどり着いたところだったので、思わず、「こんな所までワザワザ遊びに来る物好きな奴はいないだろー」とつぶやいてしまった。(物好きな自分自信のことは、すっかり忘れていた。) |
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八幡谷砂防ダム | |
八幡谷砂防ダムは左側から大きく巻いて越えていく。急な登りのところがあるが、ここにも残置ロープがある。 この砂防ダムを越えた辺りまでは、何とかテープ表示などをたよりに遡行して来た。しかし、そこで進むべきルートが全く不明瞭となった。 獣道らしきものにしたがって、2から3箇所、進んでみたが、いずれも突破不可能であった。そこで、やむを得ず、最も藪の少なそうな方向の、北東方向に向かって斜面を強引に登っていくことにした。 5分程がむしゃらに登って、尾根筋に登り付いた。そこには、なんとなく踏み跡らしきものがあるように感じられた。 |
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青空ひろば | |
踏み跡らしきものにしたがって東に進むと、突然広場に飛び出した(写真上 12:44)。そこには「青空ひろば」の標識があったが、なんとなく荒廃した感じだ。 後で調べてみると、この一帯が、「山と高原地図」の1999年版に掲載されていた「青少年野外活動センター」跡であった。 旧青少年野外活動センターは「あしや村」と呼ばれ、昭和43年に設置され、最盛期には年間1万人強の利用者があったらしいが、大震災で壊滅的な被害を受け、平成7年に利用が休止されたらしい。 先程「青空ひろば」に導いてくれた踏み跡らしきものは、15年ほど放置されたあしや村の遊歩道だったのだ。 |
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あしや村施設跡? | |
なお、芦屋市青少年野外活動センターのイラストマップは芦屋市のサイトに掲載されている。参考 それによると、先程「青空ひろば」に導いてくれた踏み跡は、ちょうど「たぬき穴」というゾーンが造られていた場所で、そこから八幡谷方向に道が続き、八幡谷には吊り橋が掛けられて、ごろごろ岳の柿谷ハイキングコースまで道が続いていたようだ。 あしや村の正式の入口は芦有ゲート(写真左)のところにあり、そこから山道を800m登って、あしや村施設に至ったらしい。現在のあしや村施設跡は、植林が進んでいるようで、当時の面影は感じられない(写真上)。 |
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芦有ゲート | |
なお、この日は「あしや村」の施設跡を探索した後、柿谷道からごろごろ岳のピークに至り、下りは前山公園コースを使って芦屋市街地まで下りてきた。 その道中で、大阪営林局の設置した「境界見出標」の現物を確認したので、写真を掲載しておく。 当方は、従前、この境界見出標の下半分が壊れて欠落したもの(「出」の所で壊れて下半分がなくなり、「山」になっていた。)を山中で見て「境界見山」という山名と勘違いしたことがあったことを思い出した。 お恥ずかしい次第です (∋_∈) |
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境界見出標 |
境界見出標の件は、従前「チュウさん」さんから、ご教授をいただきました。 旧芦屋市青少年野外活動センターのあった一帯の主要なハイキングコースは、現在も残っていて、ごろごろ岳に登るコースとして利用できるようです。 八幡谷の遡行ルートは荒れ果てていて、遡行不可能と思われます。危険な箇所もありますので、この頁の記載を参考とされるのは、自らの判断と責任でお願いします。 |