寒天山道・坊主山・油コブシ  (お勧め度★★☆) 表六甲【1-33】

阪急御影駅(8:20)==三角点鉄塔下(9:09)==坊主山(10:38)==坊主山展望岩(11:09)==高羽道(11:20)
==油コブシ展望広場(11:45)==油コブシ(11:52)==寒天山道分岐(11:57)==天覧台(12:20)==天覧台出発(12:35)
==寒天山道(12:49)==高羽道分岐(13:24)==渦ケ森展望公園(13:56)==寒天橋(14:13)==渦森橋バス停(14:30)
(約6時間 平成28年10月10日)  
ROUTE MAP
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説明が青色文字の写真はクリックで拡大します。
 神戸市東灘区と灘区の区境辺りの背山に坊主山がある。そのやや南に三角点(鉄塔下)が設置されているが未踏である。また、この辺りの背山一帯は六甲山系グリーンベルト整備事業として、強い森づくりの整備も進められている。今日(平成28念10月10日)は、その三角点(鉄塔下)を訪ね、整備の進むこの辺りの背山一帯(坊主山、背山散策路、油コブシ、寒天山道)を散策してみたい。
御影のお洒落な住宅  今日は阪急御影駅からスタートする(8:20)。駅を北側に出て線路沿いに西に進む。道路から御影のお洒落な家々が見えている(写真左)。
 一つ目の角を北に入り突き当りの大林邸を西に曲がる。ここから邸宅の塀に沿ってしばらく進むことになるが、阪急御影のこの辺りは豪邸ウォッチャーにはたまらないエリアだろう。
 次に御影霊園沿いに北に向かい道なりに登り、ピークから坂を下ってヘアピンカーブを切り返すと頌栄短期大学の校門となる(8:29)。
 すぐに橋を渡って山御影マンション脇から西に進み、広いバス通りに出る。
御影のお洒落な住宅
御影山手は急坂  このバス道を登り詰めると坊主山登山口から高羽道へと至る。
 この道はバス道だが、六甲山へ向かう道で次第に勾配がきつくなる。
 ゆっくりと坂を登っていると、神戸市バスが悲鳴のようなエンジン音とともに、当方を追い越していった。この急坂を登る大きなバスが少し可哀そうに思えた。
御影山手は急坂
 更に、斜度を増す坂道を牛歩の歩みで登って行くと、道脇に18%の傾斜標識が立っていた。
 それを過ぎ、御影山手6丁目辺りからはさらに急勾配となる(写真上)。これ以上は歩くのは無理と思える感じの急坂を、ふらふらになりながら登りきった。
 ちょうど右手側に新神戸変電所の入口が見えている(8:47)。
 この変電所は灘区であるから、急坂を登りきった辺りが東灘区と灘区の境界となっている。ここで景色を眺めて小休止を入れる(写真右)。
御影山手からの景色
御影山手からの景色
三角点鉄塔下への取付き  変電所の門を過ぎると、山域に入って道は細くなり傾斜も緩む。
 1分ほど進むと、左手側にフェンスの切れ目があった(写真左 8:53)。ここが、鉄塔下 (てっとうした)三角点への取付きとなる。
 今日は鉄塔下三角点から尾根(いわゆる坊主山西尾根)を辿り、坊主山ピークを目指すつもりだ。
三角点鉄塔下への取付き
 切れ目からフェンスの中に入って、少し下る。下ったところに、「国宝桜ケ丘銅鐸出土地(あと100m)」の案内看板があった(写真右 8:55)。
 桜ケ丘銅鐸出土地とは、昭和39年(1964)に急峻な山の斜面から銅鐸14個などが出土したところである。古代史ファンの間では有名らしいが、案内看板まであるとは知らなかった。 その看板から山道が登っているので、それに取付く。
 山道は「ウゎぁーーー!!」と声を上げたくなるほど急だ。古代人はなぜこんなとこに銅鐸を埋めたのかと思うが、銅鐸は役割を終えると、山中深くの地中に埋められるのが一般的だったらしい。
国宝桜ケ丘銅鐸出土地看板
国宝桜ケ丘銅鐸出土地看板
養生中の樹木  山道は、古代史ファンが多いのか、よく歩かれた感じだ。
 10分弱ほど坂を登ると、尾根に乗り平坦な道となった。その尾根には幹に養生のビニールが巻かれた木がたっていた(写真左 9:07)。周囲にも同様の木が目立つ。一帯は虫害がひどいのかもしれない。
 ビニール巻の木の先で関電の火の用心赤矢印(No5,No6)があり、道が左右に分岐している。ここを左側に進むと、鉄塔があり、そこに鉄塔下(てっとうした)三角点が設置してあった(写真下 9:09)。
養生中の樹木
 鉄塔は篠原線No5で、底地はコンクリートで固められている。
 その脇の草地に三角点があった。標柱はなく寂しい感じだ。
 三角点の鉄塔から北を望むと坊主山らしき頂が望め、そこにも鉄塔が立っている(写真下)。
 地形図では、ここから坊主山まで尾根伝いに破線が引かれている。その破線の道に従い、次に鉄塔の立つ坊主山を目指す。
 関電の赤矢印「火の用心」の分岐に戻り、そこを坊主山方面に進む。すぐに関電の赤矢印(No6)が登場し、踏み跡は西に曲がって下っている。地形図の破線はここを直進と思われるが、踏み跡が確認できない。
三角点 鉄塔下
三角点 鉄塔下
三角点から坊主山を望む  強引に、斜面に取付き10m程登ったが、藪の様相で、進みにくい。
 おかしいなと思い、関電の赤矢印(No6)から西に続く踏み跡を下ってみた。こちらは巡視路のようで、踏み跡はどんどん西に進んでいる。
 10分程進んでみたが、こちらの道ではどうも坊主山には行けそうにない感じだ。途中で引き返し、破線のルート(坊主山西尾根)は諦めることとした。
 なお、地形図上の破線のルートは「六甲山系アラカルート」さんが歩かれ、「坊主山西尾根」として紹介されているので、興味のある方は参照してください。
三角点から坊主山を望む
 当方は登ってきた道を引き返すこととし、鉄塔下三角点の分岐まで戻ってきた(9:51)。ここから一気に下り、10分程で「国宝桜ケ丘銅鐸出土地」の看板に戻ってきた。
 ここで、銅鐸出土地はどこだったのか、途中の表示がないことに思い至った。残念だが出土地への分岐を見落としたようだ。銅鐸関係者の方にはもう少し丁寧な案内表示をお願いしたい。
 フェンスの切れ目から外に出て、背山散策路と言われるルートから坊主山を目指すことにする。
標柱「背山散策路高羽道」
標柱「背山散策路高羽道」
 背山散策路を北に進むと右手側に建築関連の会社があり、資材などが積まれている。その脇を進んでいくと、「みどりの聖域(緑地の保存区域等)」の大きな看板が確認できる。背山散策路高羽道の標柱(通報プレートな74−1)も立っている(写真右上 10:16)。ここから坊主山に向かい踏み跡が登っている。
 踏み跡を登り始めるとすぐ高圧鉄塔が脇に登場する。次に、「渦が森GENKIの森・第三回植樹活動記念」の白い標柱が確認できる(写真右 10:17)。この辺りは里山の保全活動が実施されている。
 一直線に登る道を辿ると、すぐに二本目の鉄塔が登場した(10:19)。ここは鉄塔の股下をくぐって進む。
渦が森GENKIの森
渦が森GENKIの森
坊主山登頂札  更に10分ほど、急な道を登ると三本目の鉄塔(六甲線三)が登場した(10:29)。この鉄塔も股間をくぐる。ほぼまっすぐに上ってきた道もこの鉄塔から平たん路となる。
 しかし、すぐに登りとなって、四本目の鉄塔(六甲線四)が登場する(10:37)。
 この鉄塔の後ろが坊主山だった(10:38)。 坊主山のピークは、背の高い笹の茂る山道の途中であり(写真下)、特に明確な表示はないので、注意していなければ普通に通り過ぎてしまう感じだ。山頂からの展望はなく、「山友の会の表示376m」が一枚ぶらさがっていた(写真左)。
坊主山登頂札
 坊主山のピークを過ぎると下りになり、下りきったところで道が分岐する(10:45)。六甲山系グリーンベルト整備事業と書かれた案内標柱が立っている(写真下)。この分岐は左側に登る道を選択する。
 道沿いの下草や笹はきれいに刈り取られ、整備が良くできている。歩きやすい感じだが次第に急な道になる。つづらになった急な登りの次に階段道となった。階段の一段一段の段差が大きく急である(写真右下)。
 階段脇には、「急な下り坂!!足元にご注意ください!!」と表示された黄色い看板と、「足元注意」の茶色い看板が頻繁に登場する。これらの注意看板の多さが傾斜の急な様子を示しているといえるだろう。
坊主山頂上
坊主山頂上
六甲山系グリーンベルト整備事業 坊主山北側の急階段
六甲山系グリーンベルト整備事業 坊主山北側の急階段
坊主山展望岩  永遠に続くのかと思うような急な階段道を息も絶え絶えになりながら、なんとか登りきった(11:06)。
 平坦な山道になると、雑木の間から麓の街並みが透けて見えている。同時に、町の喧騒やクラブ活動の生徒の掛け声が聞こえてくる。
 相当山道を登ってきた気がするが、灘区や東灘区は住宅地が山の中腹まで迫ってきているという事だ。
 次に道が左右に分岐する。左に進むと、そこは展望岩であった(写真左 11:09)。
坊主山展望岩
 ここで小休止をはさむ。
 ここの景色は最高で、街並みの先に遠く淡路から紀伊半島まで望める。
 また、東隣の天望山や、長峰山の尾根が麓に向かって裾を広げる様子は絶景だ。見飽きない景色で、おすすめポイントといえる。
 また、展望岩の脇には、六甲砂防工事事務所2級基準点(2−A−8)も設置されていた。
坊主山展望岩からの景色
坊主山展望岩からの景色
高羽道に合流  景色を堪能した後、展望岩をスタートした(11:14)。
 スタートするとすぐに左手側に鉄塔が現れる。その鉄塔を過ぎると下りとなり、下りきったところで高羽道に合流した(写真左 11:20)。
 そこには案内標柱があり、それには今歩いてきた道が「急峻で十分注意」と記されていた。
 坊主山から展望岩までは、等高線が密であり、このエリアは無理をせずゆっくり歩きたい。
高羽道に合流
 高羽道に入ると道は平坦で歩きやすい。すぐに「天風の森」の表示が登場する。
 六甲山系グリーンベルト整備事業で、森の整備がされている。高羽道を5分ほど進んで、油こぶし登る道が北側に分岐する(11:25)。

 油コブシに向かい登り始めて10分程で「和(なごみ)の森」の表示が登場(11:35)。六甲山系グリーンベルト整備事業で大和ハウスが世話人となって整備がされている(写真右)。
 ここで、休憩中の親子連れのハイカーを追い越す。
和(なごみ)の森
和(なごみ)の森
油コブシ直下の展望広場  なごみの森からさらに10分ほど登って油コブシピーク直下の展望広場に到着(写真左 11:45)。
 ここはベンチの設置があり、南に展望が開けている。
 親子3人、男2人、男女6人の3組がここで休憩されていた。東屋もあり昼食にちょうどよい場所でもある。

 展望広場から少し登ると、ECOWAYの森の表示(11:48)。六甲山系グリーンベルト整備事業で、神戸製鋼が世話人となって森が整備されている。
油コブシ直下の展望広場
油コブシの三角点  ECOWAYの森から数分で、油コブシに到着(11:52)。
 ここには特に油コブシを表示する看板は無いが、三角点が岩の間に設置されている(写真左)。
 油コブシの三角点ピークからは展望はない。 よって、三角点を激写してすぐに出発。
 油コブシのピークのすぐ北側には「ゆるい道」と「きつい道」の表示がある。この表示は油コブシ道でおなじみだ。
 そこから3分進むと、「出会いの森」の表示が登場。六甲山系グリーンベルト整備事業で、ここは株式会社新井組が世話人となって森が整備されている。
 「出会いの森」のすぐ先が、寒天山道との合流点だった。
油コブシの三角点
寒天山道が合流  寒天山道は左側から合流してきた。(写真左 11:57) 案内標柱に119番通報「な12−12」が設置されている。
 ここからは天覧台を目指して登って行く。すぐに昼の12時となり大きなサイレンの音が聞こえてきた。天覧台のサイレンだ。
 次に、シャラシャラシャラと六甲ケーブルの滑車の音も聞こえてきた。これらの音から、天覧台は間近と感じる。しかし、現実はそう甘いものではなく、寒天山道の合流地点から20分もかかって、やっと天覧台に登りついた(12:20)。
 天覧台手前の階段道の連続にはへとへと状態になるが、ロープウェイの鉄柱が見えるとゴール地点となる。
寒天山道が合流
 油コブシ道のゴール地点に立つロープウェイの鉄柱は今は稼働していない(写真右)。
 従前、このロープウェイは有馬温泉まで繋がっていた。表六甲から六甲ケーブルで天覧台まで登ると、次はロープウェイで有馬に下れたわけだ。
 しかし、六甲山もマイカー客が増加した。そのせいで、ロープウェイの利用客はピーク時に比べて半減したらしい。併せて、老朽設備の更新に要する費用の問題などもあり、2004年(平成16年)12月19日をもって休止されてしまった。
 六甲山ファンやロープウェイファンにとっては残念だが仕方ない。
ロープウェイの鉄柱
ロープウェイの鉄柱
 天覧台は、数ある六甲山の絶景ポイントの一つである。空気が澄んでいれば、大阪平野から和歌山方面まで遠望可能だ。
 また、ここは夜景鑑賞ポイントのひとつでもあるらしい。阪神間から大阪方面の夜景のスケールは圧倒的と言われるが、夜間にここに登ったことはないので、その圧倒感については不知だ。
 昭和56年に昭和天皇が行幸されたことが「天覧台」の名前の由来で、神戸ポートアイランド博覧会の視察とともにお立ち寄りになった。
天覧台
天覧台
天覧台からの景色  今日の天覧台は多くのお客さんでぎわっている。欧米系の方も多数登頂されている。しかし、ハイカーの出で立ちの者はほとんどいない。
 六甲ケーブルのレトロモダンな車両で気軽に山上に立てるので、ちょいと六甲山までという観光の方が多いのだろう。

 天覧台で10分ほど景色を楽しんだ後、下山を始めた(12:35)。
天覧台からの景色
 今日は、登ってきた油コブシ道を下り、途中から寒天山道に入り、寒天橋まで下っていくつもりだ。

 登りではきつかった階段道も、下りはすいすいだ。

 下り始めて10分少々で寒天山道分岐に到着(12:49)。ここから寒天山道に入る。
 寒天山道は雨水で道が掘られて、少々無残な様相だ(写真右)。
寒天山道
寒天山道
 少し下って、ゆるやかな道とけわしい道の分岐の表示が登場(写真右 12:55)。この表示は油コブシ道でもおなじみだ。
 左の「けわしい道」は笹で藪状なので、右のゆるやかな道に進む。
 道脇は笹が迫り、雨水が浸食した道を下る。
ゆるやかな道・けわしい道
ゆるやかな道・けわしい道
 少し下って、左手側に麓の景色が遠望できる箇所があった(写真右 12:58)。
 寒天山道で唯一展望のある場所かもしれないので、ここで5分ほど休憩を入れる。
 ゆっくりと景色を楽しんだ後、気分よく下っていると道が分岐した。左右道が並行して伸びている(13:11)。左は杉林の中を下って行く感じなので、ここは右にルートを採る。
 次に岩がむき出しの道になり、段差になったワイルドな箇所が次々の現れる。注意して高低差のある岩道を下って行く。寒天山道は野趣ある趣でなかなか楽しめる。
寒天山道からの景色
寒天山道からの景色
高羽道方面への分岐  やがて、道は杉林の中に入り、つづらに下ることとなった。 山腹に張り付く細い道で、すべりそうで慎重に下る(13:15)。
 そこを抜けると雑木林となって右手側(南側)に少し展望が開けた(13:18)。ここで小さい子を連れたお母さんハイカーとすれ違う。地元の方が裏山を散策されているようだ。
 また、薄暗い杉林となって、それを抜けると分岐点が登場した(写真左)。どちらに下るか迷ったが、明るい感じの右の山道を下っていった(13:24)。
高羽道方面への分岐
 少し下って、アシックスが世話をするANIMAの森の看板が登場した。これは六甲山系グリーンベルト整備事業の看板で、この看板の地図で寒天山道から外れてしまっていることを把握した。いそいで、元の分岐まで戻る(13:32)。
 分岐まで登り返すと、こんどは左に下って行く(13:42)。
 雨で浸食されたような寒天山道を下っていくとすぐに、左側からけわしい道が合流してきた(写真右 13:45)。
 けわしい道は笹のジャングルの様相だ。ここには 通報プレート「な11−4」の設置がある。
左側からけわしい道が合流
左側からけわしい道が合流
千丈谷砂防ダム  次にごつごつ石のワイルド道を下るとコンクリートの階段になる。通報プレート「な11−3」のある寒天山道の標柱が登場して、ここから平坦な道となった(13:50)。
 お孫さんを連れた初老のハイカーとここですれ違う。寒天山道は、裏山散策の地元の方が多い。
 次に、鉄塔の脇を過ぎると下りとなり、下方から水音が聞こえてきた。その音に向かい下っていくと、渦ケ森展望公園に到着(13:56)。そのすぐ下が本住吉神社奥宮で、ここで東灘区渦森台4丁目31の住宅地に下りついた(13:58)。
 神社から階段を下って渦森台の住宅地を進み、すぐの角地を切り返すと千丈谷砂防ダムとなる(写真左 14:03)。
千丈谷砂防ダム
 この堰堤脇の階段を下ると、堰堤の下でおじさんが山菜取りをしていた。
 大月谷川の深い谷を左下に見ながら谷沿いに更に下ると、寒天山道の標柱が登場し(14;12)、寒天橋まで下りついた(写真右 14:13)。
 寒天橋からは住宅地の中を進み、渦森橋バス停には14時30分に到着した。数分後にやってきたバスに乗り込み、JR住吉駅までスイスイと下って行った。
 今日は、六甲山グリーンベルト整備事業で豊かで災害に強い森づくりが多くの方々の協力で進められていることを知り、頼もしさと安心を感じた一日だった。
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