剣尾山・行者山・横尾山 (お勧め度★★★) 関西の山【7-14】

山下駅(能勢電鉄)〜バス〜行者口バス停〜玉泉寺〜大日岩〜行者山〜炭焼き跡〜六地蔵
〜月峯寺跡〜剣尾山〜横尾山〜頂上広場〜能勢温泉入口〜山辺口バス停〜バス〜山下駅(能勢電鉄) (約5時間)

Route MAP
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説明が青色文字の写真はクリックで拡大します。
 剣尾山は飛鳥時代、山頂に月峰寺を開き護摩を焚いているとき、不動明王の降魔の剣が降ってきたというところ。行者山は巨岩の群が重畳し、修験道が捨身の行を行う山。横尾山は二等三角点土ヶ畑を擁し、鹿対策された植林の林立する山。今日(平成25年5月3日)は、これら能勢の三山を巡る人気のコースを歩いてみた。
行者口バス停付近  GWも後半に突入となった今日(平成25年5月3日)も晴天の様子。今年の連休は晴天続きだ。そこで、先週に続き今回も少しだけ遠出して、大阪府豊能郡能勢町の行者山(460m)、剣尾山(784m)、横尾山(785m)の稜線周回コースを目指すことにした。
 剣尾山・行者山・横尾山の周回コースは、稜線からの展望が良く、史跡もあって人気のコースである。
 午前9時ジャスト、山下駅前バス停で73系統行者口経由「能勢の郷」行バスの乗り込む。休日の「能勢の郷」行バス便は、一日二本(午前と午後に各1本)しかないので、必ずこの9時発のバスに乗る必要がある。
 バスは概ね満席で、乗客は、能勢の郷のアスレチックに向かう家族連れと、山歩きの者、一般客それぞれ三分の一づつという感じ。
行者口バス停付近
玉泉寺  行者口バス停で下車したのは当方も含め4人だった(9:43)。その4人はいずれも剣尾山を目指すというのだが、皆剣尾山は初めての者ばかり。よって、道不案内による不安そうな雰囲気での出発となる。
 向かう方向は北なので、細い道を山の方に向かい進みだす。
 少し進んで玉泉寺の石柱が見えてきた(写真左 9:48)。
 青龍山(せいりゅうざん)玉泉寺(ぎょくせんじ)は、もともと剣尾山山上にあったが、戦国兵乱の災いで里に移ってきた旨が説明されていた。
玉泉寺
 寺を過ぎ、舗装路を登って行くと、能勢温泉キャンプ場の看板が登場する。
 更に進むと剣尾山・行者山登山口が登場した(写真右 10:00)。
 ここには「右 是より行者道」と彫られた石柱と共に、行者山の史跡と由来が記された大きな看板がたてられている。これで、おおまかな行者山の知識を頭につめこむ。あわせて地図もあるので、それで行場の大岩の位置関係も把握できる。
剣尾山登山口
剣尾山登山口
大日岩  登山口に入ると杉林の中の階段道となる。
 その階段を10分ほど登り続けると、前方に大きな岩が迫ってきた。それは、登山口の案内板にあった「大日岩」で(10:10)、岩面に大日如来坐像が彫られていた。
 大日如来坐像を写真撮影したが、光の加減なのかどうもうまく写らなかった。
 それより、この大岩の脇に”アリの戸渡・胎内くぐり岩・西の覗き奇石巡りコース”の案内が出ていた。行者岩のことと思われるが、名前が変わっていて興味を抱く。ついつい寄り道をしてしまう悪い癖がいきなり出て、案内板の指し示す方に入っていくことにした。
大日岩
 アリの戸渡方面への路は藪道っぽい踏み跡である。
 少し進んでいくと、巨石群が見えてきた(10:15)。胎内くぐり岩と書かれた岩で、何処をくぐるのか悩んだが、結局分からずじまい。どうやら少し上に登るのが正解だったようだが・・・。
 胎内くぐり岩から更に踏み跡をたどると、大きな岩に出て、その上から景色を望むことができた(写真右)。この岩は西の覗き岩と表示されている。ここからの景色は中々のもので、脇道にそれた甲斐があったといい得るものだった。(^_^;)
西の覗き岩からの景色
西の覗き岩からの景色
 次に、踏み跡をたどって進むと、ロープのある急斜面が登場した。滑りそうな斜面をロープを頼りに登りきると、また展望のよい岩場が待っていた。
 アリの戸渡と命名されている。
 西の覗き岩と同様に中々の景色が眼前に広がる。
アリの戸渡からの景色
アリの戸渡からの景色
廻り岩からの景色  更に進むと廻り岩という大きな岩に出た。この岩からの景色も見事である(写真左)。
 廻り岩からは、岩を下って進むと役行者の行場(爪刻行者像)に出てきた。ここには古いお堂(行者堂?)が建っていた(10:28)。
 行者堂から横に進むと、本堂に出てそこで本来の登山道に合流した(10:31)。
廻り岩からの景色
 本堂の前には行者山の謂れが次のように説明してあった。
 摂津大峯 行者山
 能勢の霊峰、剣尾山系より流れる清流を集めて南流する岩谷川、その東の尾根を「行者山」と呼んでいる。付近は東西に走る剣尾山花崗岩体で、谷筋、尾根に一大露頭の岩がある。中でも「行者山」といえば巨岩の群が重畳し、千尋の谷を思わせる岩場である。
 この絶妙なる行場に修験道の開祖といわれる役小角が669年当地に入り、道場開設の草創者になったとされている。
行者山の本堂
行者山の本堂
東の覗き岩からの景色  本堂から大岩の続く道を更に登っていくと尾根に出て、そこに東の覗き岩があった。
 そこからの景色も立派である(写真左 10:39)。
 この行場の覗き岩などの巨岩から景色はいずれも素晴らしいのだが、本来はこれらの岩は捨身の行を行うためのもの。
 この行は、命を断つ覚悟で身をのり出し、仏の世界を覗く修行であって、煩悩があると出来ないものらしい。よって、「景色がきれい」などと煩悩の塊みたいなことを言っていては罰当たりなのかもしれない。
東の覗き岩からの景色
 東の覗岩を過ぎて尾根道を進んでいくと突如「行者山」の表示が登場した(写真右 10:41)。
 特にピークのような所でもなく、普通に過ぎ去ってしまうような場所が行者山の山頂とされていた。
 行者山山頂からの展望はない。
行者山山頂
行者山山頂
風の峠  さらに歩きやすい尾根道を進んでいくと「風の峠」と表示された場所があった(写真左 10:51)。ここで、下山してくる3人組とすれ違う。
 そういえば、行者山の岩場の辺りから登山者が多いことに気がついた。行者口バス停では4人でスタートだったが、にわかに人が増えている。やはり剣尾山は人気の山と実感する。
 ツツジが咲く道を快適に登って行くと、道端に立つ「ニホンジカについて」の看板が目に入った(11:02)。この剣尾山はニホンジカの生息地ということで、人とニホンジカとの共存を目指していると書いてある。しかし、今日はまだシカとの遭遇はない。
 
風の峠
六地蔵  シカの看板を過ぎるとすぐに炭焼き窯跡が登場。
 「能勢の三黒(炭、栗、牛)」として有名な能勢の炭は、池田炭とも呼ばれ、茶湯などで使われるとのこと。
 更に坂道を登って行くと、六地蔵に到着(写真左 11:18)。
 赤い前掛けのお地蔵さんが6体並んでいるが、ここにはそれだけではなく、他にも小さな地蔵が祀られていた。
 六地蔵を過ぎて、数分で道が分岐した(11:22)。ここはからは府立野外活動センター方面に下る道が分岐している。この分岐には地図の表示もあり、現在地の確認ができる。
六地蔵
 この分岐を過ぎると、すぐ月峯寺跡に到着する。月峯寺跡は大阪府指定史跡で、府教育委員会による説明版が立っている。
 それによれば、月峯寺跡は剣尾山山頂にかつて存在した山岳寺院の跡で、鎌倉時代に造られたと考えられる石造物が残されている。平安時代の土器も採集されており、古くから信仰を集めていたことがわかるらしい。
 本堂をはじめ10数棟の建物を備えた一大伽藍が広がっていたということだが、今は、石積の一部と散在す石仏が残るのみで大伽藍の様子は窺えない。寺跡にピンクのツツジが咲き乱れ、かえって寂しい感じを増幅していた(写真右)。
月峯寺跡
月峯寺跡
剣尾山  月峯寺跡を過ぎ、ツツジの咲く快適な道を進んでいく。そして最後の階段を登りきると、そこが剣尾山山頂であった(11:34)。
 やったーー。剣尾山、頂上〜〜!初登頂!! という気持ちが自然とわいてくる。
 といっても、剣尾山の標高は784mで低山に属するものである。しかし、山頂から周辺の山々を臨む展望には高度感があり、自然と満足感が出てくる。
剣尾山
剣尾山山頂  剣尾山頂は大小の岩が散らばった広場状のところだった。
 それぞれの方向に絶景が広がり感動であるが、その絶景を楽しめる座り心地の良さそうな岩はすべて先客に占有されている。
 全部で、8組・30名ほどの登山客で剣尾山頂は大賑わいなのだ。
剣尾山山頂
 老若男女、色々の層の人たちが、昼食をとりながら、絶景に大満足の様子である。さすがに人気の山だ。
 山頂には大きな方向表示柱があり、それぞれの方向の地名と距離が書かれているが、経年劣化で文字が読みづらくなっている。
 さて、当方も適当な岩を見つけるべく、賑わう山頂をうろつく。その結果、山頂北側の端っこにある大岩が都合よく空いているのを発見した。そこに陣取り、昼食を頬張ることにした。
剣尾山からの景色
剣尾山からの景色
国界の石柱  剣尾山山頂から北摂の山々を前方に眺めながら、15分ほどで昼食を終えた。
 さて、それでは次に、お隣の横尾山を目指すことにする。
 尾根に踏み固められたルートが続いているのでそれに従う。
 道は次第に下りとなる。この辺りの山は、枝打ち、間伐がなされ、よく山の手入れがされている。周囲のきれいなツツジと相まって、歩いていても心地いい。
国界の石柱
 剣尾山頂上から10分ほどで分岐点となった。
 ここには大きな石柱が立っていた(写真上 11:58)。
 丹波・摂津 国界と文字が刻まれている。「国」と「摂」の字は旧字体であり、古いもののようだ。
 裏側には、明治十年三月建焉とあり、大阪府と京都府によって立てられたものと分かる。
 またここには、横尾山方面を示す表示もあった。それに従い、横尾山を目指して国界から山道を下っていく。
松枯れの林が続く
松枯れの林が続く
片側が鹿対策された植林地帯  下り始めてすぐ、山道右側の異様な感じに気がついた。やたら松の木が枯れて、倒れたものや、立ち枯れのものが目立つのだ(写真上)。枯れていないまでも衰弱した木が多い。また風が強いためなのか、斜めになった松がほとんどだ。
 一方、左手側はヒノキが植林されている。シカの食害防止のためか、白いプラスティックの筒に覆われている。右手は松の立ち枯れで荒涼とし、左手側は墓標のようなプラスティックが並び立ち、一種異様な感じだ。

 国界の分岐から10分弱下って、道は登りに転じた(12:07)。しかし、松枯れとプラスティックの風景は変わらない(写真左)。
片側が鹿対策された植林地帯
反射板のあるピークの国界柱  最初緩やかだった登りが次第に急になってきた。この辺りで、後方を振り返ると先ほど越えてきた剣尾山が見えていた。
 更に急になった道を登りきって、ピーク状の場所に出ると、そこにも国界の石柱がたっていた(写真左 12:21)。刻まれている文字は先ほどの分岐点で見た石柱と同じである。
 またここには大きな反射板も立てられている(写真左下)。
 ここが、横尾山山頂かと思い、その表示を探して一帯をうろつくも見当たらない。地図を見ると横尾山はもう少し先のようだ。
反射板のあるピークの国界柱
反射板のあるピーク 横尾山からの景色
反射板のあるピーク 横尾山からの景色
 反射板を過ぎると広葉樹の林の中となる。冬枯れで葉を落とした樹木が並ぶ間を進んでいく。
 反射板から10分弱歩いて、右手側に風景が広がる場所に出た(写真右上)。その先が横尾山のピークで、「横尾山(784.9m)」の山名表示が小木に掛けられていた(写真右)。
 横尾山からは北側に深山が遠望できる。深山の山腹は開発が進んでいるのか、山肌が削り取られたように見える。るり渓ゴルフクラブのコースが見えているのだろうか。
 また、横尾山山頂には二等三角点(土ヶ畑)が座していた。三角点の位置は大阪府豊能郡だが、土ヶ畑は亀岡市の地名と思われる。
横尾山
横尾山
横尾山山頂 土ヶ畑二等三角点
横尾山山頂 土ヶ畑二等三角点
 横尾山から尾根道を進むと尾根の突端で一気に景色が広がる(写真右)。山の南面が植林中で樹木がなく、素晴らしい展望となっているのだ。
 植林中の斜面では先ほど横尾山への登りで見た墓標のような鹿よけのプラスティックが並び立ち、不思議な風景をつくっている。
 鹿よけネットは損壊が激しく、これではシカが出入り自由だろう。
 このポイントからは先週登った三草山も見えているのだろうが、どの山が三草山なのだろう。
 空気が澄んでいれば大阪湾まで見通せるというが、今日はあいにく、霞が掛かっている。
横尾山の突端
横尾山の突端
剣尾山を望む  ここからは、左手側のシカ避けネットに沿って下山する。
 急傾斜を一気に下ったあと、緩やかな尾根道になる。この辺りから、巨岩が目立つ尾根道となる。
 途中、北側が見通せる箇所があり、木々の間から先ほど登った剣尾山が見えていた(写真左 12:49)。
 岩々の連なる道を楽しく下っていると、前方から犬の散歩の方が登ってきた。犬も楽しそうに尻尾を振っている。犬と散歩しながら、ぶらりと横尾山や剣尾山に登れるとは、羨ましい限りだ。
剣尾山を望む
 やがて、前方に大きな高圧鉄塔が見えてきた。
 ここからの南側への景色も素晴らしい(写真下)。

 この鉄塔の場所から、北側を振り返ってみると、横尾山の南斜面の植樹風景が見渡せた。
 プラスティックの筒が広範囲にわたって林立している。
 何故、あんなに広範囲にわたって植樹が必要となったのかは知らないが、不思議な光景である。
横尾山からの下り
横尾山からの下り
横尾山鉄塔からの景色  鉄塔からの下りでは、滑りやすくてロープの張られた箇所もあったが、概ね楽しい尾根歩きである。アップダウンしながら連なる岩々を越えていく。
 やがて、頂上広場(600m)まで下ってきた(写真左下 3:10)。ここからは21世紀の森散策路となる。
 案内板に散策路の地図が書かれている。その地図にある「おにやんまの路」を下ることにする。
 おにやんまの道を下っていると、こんどは孫2人を連れたおじいちゃんが登ってきた。おじいちゃんと子供たちは元気いっぱいだが、その後から息を切らせたお母さんが、子供たちに遅れまいと必死の形相で登ってきた。ほのぼのとした雰囲気に心が和む。
横尾山鉄塔からの景色
頂上広場  更に岩の連なる楽しい道を下っていって、小鳥のテラスに到着(13:27)。
 この辺りから、麓の能勢の郷のアスレチックからだろうか、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
 小鳥のテラスからも更におにやんまの道を下る。
 次に、ひと休み峠を通過(写真下 13:36)。
 最後はつづらの道を下って、麓の能勢の郷までおりてきた(13:50)。
頂上広場
 能勢温泉の駐車場では多くの車が出入りしている(写真右下)。
 そこから少し下って、能勢の郷バス停にやってきたが(13:55)、バス便は15:52まで無いのは調査済みである。まだ2時間もある。
 そこで、もう少しバスの本数の多い山辺口バス停までブラブラ歩くことにした。
 今日はポカポカ陽気だし、能勢街道(国道173)は歩道があり、歩いても安心なのだ。
ひと休み峠
ひと休み峠
 朝出発した行者口バス停を14:08に通過、山辺口交差点 14:35、と歩いて、山辺口バス停には14:40に到着した。
 能勢の郷バス停からここまで45分を要した。
 ここのバス便(山下駅前行)は毎時14分発で、次は15:14分までバスはない。待ち時間はまだ35分ある。近くのファミマで飲料を買い、バス停のベンチで時間をつぶす。
 やがてやってきたバスに乗り込み、山下駅前には15:38の到着だった。
 剣尾山へはバス便が少々不便だが、それを割り引いても十分お釣りがくる、感激の山旅でした。v(*'-^*)
能勢温泉入口まで下ってきた
能勢温泉入口まで下ってきた
 ●スタートの能勢電鉄山下駅前バス停及びゴールの能勢の郷バス停若しくは山辺口バス停は、いずれもバスの本数が少ないので、事前に確認したうえで出発して下さい。
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