城山・鍋蓋山・高雄山  表六甲【1-49】

新神戸駅(9:12)==城山(9:59)==二本松林道(10:18)==猩々池(10:38)==七三峠(11:02)
==鍋蓋山(11:23)==再度公園(11:55)==森林管理道==高雄山(12:49)==
市ヶ原(13:22)==布引の滝(13:57)==新神戸駅(14:10) (2022年12月30日 約5時間 約13.8km)
(お勧め度★★☆) 
ROUTE MAP
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説明が青色文字の写真はクリックで拡大します。
 今日(2022年12月30日)は、新神戸駅を起点に、駅から近い「城山」、「鍋蓋山」、「高雄山」の三山をめぐってみる。この三山は新神戸駅の北側でちょうど逆三角形のように配置された山で、ぐるっと一回りにちょうど良い。鍋蓋山と高雄山は急登で厳しいが、今年一年、山歩きが楽しめたことに感謝しながらめぐってみたい。
新神戸駅 城山への登り口
新神戸駅 城山への登り口
 神戸市交通局新神戸駅を北に出る(9:12)。坂の登り口に「瀬戸内海国立公園六甲地域案内図」の地図があるので、今日のコースを確認する。その地図では、城山から鍋蓋山まで、途中、猩々池、七三峠を経て、ほぼ一直線の細いルートが引かれている。
 新神戸駅裏の坂を少し登ったところで城山(滝山城跡)への登り口が登場した。ここには、道標「←城山(滝山城跡)1.2km」の表示と、「滝山城跡」の石柱が立っている。ここから階段道を登り始める(9:14)。

 
城山への山道 前方にロープウェイ
城山への山道 前方にロープウェイ
 すぐに疑似丸太の階段道になって、それがつずらになって登っている。いきなりの急坂で、脚部にキツイ感じだ。その山道の左手側では、木々の間から高層ビルが見え隠れしている。ここは都会のすぐ脇から山道が始まっている。この時間帯は南側から朝の陽光が斜めに差し込んできて、まぶしい山道となっている。10分少々登ってきたところで、前方から「ギーギーギー」と機械音が聞こえてきた(9:28)。それは布引ハーブ園に続くロープウェイの音で、上空に赤色のゴンドラが見える。

 
布引ロープウェイ 落ち葉の階段道
布引ロープウェイ 落ち葉の階段道
 坂道を登るにつれてそのロープウェイが近づいてきて、やがて登山道はロープウェイの真下を通過した(9:30)。ゴンドラも間近に見える。今日は晴天で、ロープウェイでハーブ園に向かうお客さんも多そうだ。ロープウェイの架線を過ぎても、まだつづらになった山道が続く。この辺りは、疑似丸太の階段道に深く落ち葉が積もっている。

  
猿のかずら橋からの道と合流  登り始めて35分程で、右手側から山道が合流してきた(9:51)。その道は、猿のかずら橋(さるのかけ橋)から登ってきた道で、合流点からは布引ハーブ園の建物が見えている。
猿のかずら橋からの道と合流
「滝山城跡」の看板  猿のかずら橋から登ってきた道との合流点から、山の北側斜面を進む道になる。このあたりは、日の当たらない道で薄暗い。右手側斜面が切れ落ちていて要注意だ。その先で、「滝山城跡」の看板が立つ場所となった(9:55)。ここは、山の斜面を平らにけずって造成した場所で、削平地なのだろう。削平地には柵や塀、矢倉などが設けられ、城を守ったとの説明書がある。
「滝山城跡」の看板
「滝山城跡」の四阿 滝山城跡
「滝山城跡」の四阿 滝山城跡
 「滝山城跡」の看板から少し登って四阿の立つ場所となる(9:59)。ここは広い削平地で、四阿で少し休憩を入れた。その四阿の場所からもう一登りで「滝山城跡」の石碑の立つ場所に登りつく。ここが、本丸のあとだろう。「滝山城跡」の石碑はりっぱなもので、裏面には昭和13年3月神戸市観光課の記載がある。なお、滝山城は、その築城時期は不明だが、鎌倉末期には存在していたらしい。南北朝の動乱期から戦国時代にかけて、再三、戦火の舞台となった。そして、1579年に信長方に攻略され、滝山城の歴史は閉じた。

  
 「滝山城跡」の石碑の立つピークを過ぎると、山道は少し下って次に登り返すような尾根道となる。ここは陽が当たらず肌寒い。その先で、北野町から登ってきた道が左手側から合流する(10:11)。そこから少し進んで「民福社の杜」石碑の立つ場所となる(10:13)。この石碑には昭和30年秋建之の表示がある。「民福社の杜」の謂れはwebで調べたが、情報がないのでよくわからない。 「民福社の杜」石碑
「民福社の杜」石碑
二本松林道分岐 二本松林道を進む
二本松林道分岐 二本松林道を進む
 「民福社の杜」を過ぎ、その次に堂徳山からの道が左側から合流してきた(10:15)。その合流地点を過ぎると、再度ドライブウェーのアスファルト道に飛び出す(10:18)。再度ドライブウェーを少し北に進み、「瀬戸内海国立公園六甲山地区 再度山歩道」の大きな看板のところで二本松林道に入る。ここにはバス停の表示や、道路標識、付近のハイキング地図などがにぎやかに立っている。

 
二本松林道 猩々池
二本松林道 猩々池
 二本松林道に入って舗装路を西に進む。二本松林道は舗装路で味気ないが、その道沿いに古い説明看板が点在しているので、それを確認しながら進むのがいいだろう。古くて見づらいものも多いが、附近の植生や、生息する小動物の説明がある。中国から移植されたメタセコイヤが植えられているという説明もある。
 やがて右手側に猩々池が見えてきた(10:38)。猩々池は町人文化が発展した文化の頃に造られた人口の池で、その謂れの看板が湖畔に設置してある。

 
 なお、二本松林道はこの猩々池のところで大師道と交差している。
 大師道との交差を過ぎると、二本松林道は舗装路から土の道に変わる。車止めの鎖を跨いで林道をさらに進む。
大師道と交差
大師道と交差
再度山方面への道が分岐 七三峠への道が分岐
再度山方面への道が分岐 七三峠への道が分岐
 歩きやすい平坦な林道を進んでいくと、猩々池から10分弱で右手側に再度山方面への道が分岐した(10:49)。ここには「↑再度公園 119番通報プレート ち39-1-5」の道標が立つ。また、ここには「原木しいたけ栽培場」の施設があり、それが目印となる。その先ですぐ、七三峠への道が分岐する。ここにも道標「↑七三峠 119番通報プレート ち39-1-4」の道標が立つ。この分岐で、七三峠の方に登っていく。

 
「行き止まり」表示 七三峠
「行き止まり」表示 七三峠
 七三峠の方に登る道はすぐに舗装路に出る。この舗装路は極楽林道に続く道で、この辺りはものすごい急勾配となっている。その急坂を登っていくと、「行き止まり」の表示が目に入る(10:58)。前方に閉鎖されたトンネルがあり、よって舗装路はここで行き止まりとなる。「行き止まり」の表示から左手側に迂回の山道があるので、それを登っていくとすぐに七三峠に到着となった(11:02)。

 
七三峠の石柱  七三峠は一面が笹に覆われている。ここは放置しているとすぐに深い笹の茂みに変わっていく。今日の七三峠は、山道の周囲だけ笹が刈り取られていて、歩きやすい道になっていた。なお、七三峠の塚のように盛り上がった場所には神戸市境界柱とおにぎり状の三角岩があるが、それも笹に飲みこまれそうになっていた。
七三峠の神戸市境界柱
鍋蓋山への急登 鍋蓋山に到着
鍋蓋山への急登 鍋蓋山に到着
 七三峠から鍋蓋山に向かう山道に進む。この道は丸太材で土留めされた古い階段道で、ずっと登りが続く。展望のない道だが、今日は左手側から差し込む木漏れ日が心地よい。
 七三峠から20分弱登り続けて六甲縦走路に合流した(11:20)。そこで左折して、もう一登りすると鍋蓋山の山頂に至る(11:23)。

 
鍋蓋山 鍋蓋山山頂
鍋蓋山 鍋蓋山山頂
 鍋蓋山の山頂は、上下二段の広場となっている。いずれにもベンチがあり、南に広がる展望が楽しめる。広場には「View from Mt.Nabebuta」の展望説明板があり、ポーアイやハーバーランド、明石海峡大橋の方向が写真入りで説明してある。南にある太陽が、海面に反射して神戸の街並みを影絵のように浮かび上がらせて、絶景に味を加えていた。山頂ではソロの男性ハイカー3人が、その景色に見入っていた。

 
鍋蓋山から望む菊水山  次に、鍋蓋山の山頂から西側を見やると、そこには菊水山の雄姿があった。菊水山山頂の二基の電波塔が小さく見えていた。
 休憩後、鍋蓋山を出発(11:30)。次は、縦走路を東に進み、再度公園に向かう。
鍋蓋山から望む菊水山
鍋蓋山山頂 鍋蓋山山頂
縦走路を東へ 再度公園に到着
 鍋蓋山から再度公園に向かう六甲縦走路はよく整備された道で歩きやすい。途中、森林リフレッシュ事業の看板なども立ち、防災、景観の向上のための事業が縦走路に沿ってなされているのがわかる。
 11:45 再度公園への分岐路が左側に下っている。ここはそのまま六甲縦走路を進む。
 11:49 左手側に再度越の分岐が登場。ここで左折して再度公園の方に向かう。再度越の石畳道を進むと前方に再度公園が見えてきた(11:55)。

  
修法ヶ原池 修法ヶ原池湖畔の遊歩道
修法ヶ原池 修法ヶ原池湖畔の遊歩道
 再度公園は昭和12年3月開設で、広さが約51.5ヘクタールある。神戸市のHPでは、この公園が「日本の歴史公園100選」、「日本の自然100選」、「森林浴の森100選」、「日本の名松100選」などに選定されていることが記されている。ここは、樹齢100年を超える赤松林が修法ヶ原池と一体となり、特徴的な景観を構成しているらしい。くつろげる空間で、今日も多くの者が湖畔で休憩していた。
 当方も再度公園で少し休憩の後、そこを出発(12:05)。次に高雄山に向かいたい。

 
森林管理道入口 高雄山頂への道標
森林管理道入口 高雄山頂への道標
 再度公園から再度ドライブウェイに出て、それを渡ったところに桜の木が植えられた広場が確認できる(写真上左 12:10)。今の時期、枯草が一面に覆っていて「たき火禁止」の看板が立てられている。この広場の一角に「←高雄山頂(森林管理道)」の道標を発見、ここから森林管理道に入り、高雄山に向かうことにする。

 
 森林管理道に入り少し進むと「↑行止まり ←高雄山頂(森林管理道)」の道標が立っていた(12:16)。ここで高雄山の方に進むと下りの階段道が待っている。丸太材の階段だが、流れ出た砂が階段を覆っていて、少々歩きにくい。慎重に下っていくと、下りきったところで丸太三本の木橋が登場する(12:20)。木橋は老朽化して渡れそうにないが、ここは特に橋がなくても進んでいける。丸太橋の先が急な階段の登り(写真右)。この登りは厳しく、ゆっくりと進む。 厳しい登り階段
厳しい登り階段
 その先も何か所か道標「↑行止まり ←高雄山頂(森林管理道)」が登場するが、山道ははっきりとしていて、特に道標はいらない感じだ。 森林管理道の道標
森林管理道の道標
南ドントリッジ)と合流 森林管理道入口
南ドントリッジと合流 「神戸区」の石柱
 やがて森林管理道は、分水嶺越林道から登ってきた道(南ドントリッジ)と合流となった(写真上左 12:27)。この合流地点で右折する。その先の森林管理道は、やたら石柱が目につく道となった。あまり間隔を置かず、石柱が立っている。石柱には文字が彫られているが、経年劣化で読み取りにくい。「神戸区」と彫られているようで境界柱だったのだろう。その道を、UP、DOWNを繰り返しながら進んでいく。

  
3分岐で迂回路の表示  その先、「迂回路」の表示が立つ分岐となる(12:35)。ここは分水嶺越林道方面、市ケ原方面、高雄山方面への道が3分岐している。この3分岐近くに立つ石柱には「葺合」の文字が彫られているように見える。神戸市のHPによれば「1889年(明治22年)4月1日、神戸区に葺合村、荒田村を合併して神戸市が誕生した。」と説明があるので、神戸区や葺合の表示のある石柱は明治のものとなるのだろう。
3分岐で迂回路の表示
石柱が続く山道 高雄山の山頂
石柱が続く山道 高雄山の山頂
 そんな石柱をたどりながら楽しく山道を進んでいく。次に「119番通報プレート ち29-5」の付いた道標が立つ場所に至った(12:44)。ここで蛇ヶ谷に下る道が右手側に分岐していた。その先で、最後の一登りを終えると、そこが高雄山の山頂だった(12:49)。高雄山の山頂は展望のないところで、「神戸区」の石柱、三角点の標柱、「災害に強い森づくり」の看板が立っている。展望のない山頂で水分補給をして、すぐに高雄山の下山を開始(12:53)。ここから市ヶ原の方に下っていく。

  
高雄山の下り道 布引の滝
高雄山の下り道 布引の滝
 高雄山の山頂から市ヶ原への下りは、勾配も急である。急下りが膝に相当の負担となり、下る速度がノロノロになる。途中、登りの箇所もあり、更にヘロヘロになってしまった。その道中で、高雄山への急登を登ってくる二人連れのハイカーとすれ違った。この登りはきついだろうに・・・と、いらぬお節介をやきながら、何とか市ヶ原まで下ってきた(13:22)。市ヶ原でデイキャンプのテントを脇目に、新神戸に向かって帰り道を進んでいく。途中、布引の滝を訪れて、新神戸駅への到着は14時10分であった。今年も無事山歩きを終えることができた。ありがとうございました。 
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