太閤道・若山 (お勧め度★★☆) 関西の山【7-36】

阪急高槻市駅(9:22)==磐手橋バス停(9:56)==三好大明神(10:18)==座禅石(10:36)==金龍寺跡(10:40)
==若山(11:38)==四ツ辻(12:25)==若山神社(12:57)==(13:20)若山台センターバス停(13:40)
==バス==阪急水無瀬駅(13:50) (約4時間 令和元年5月25日)  
ROUTE MAP
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説明が青色文字の写真はクリックで拡大します。
 若山一帯は高槻市街の北東に位置する山域で、その尾根には太閤道と呼ばれるハイキング道がある。天王山の戦いに関係する道か否か知らないが、道中には金龍寺跡、若山三角点や若山神社があり、古戦場を見下ろす展望の場所もあるらしい。今日(令和元年5月25日)は、この太閤道を歴史に思いを馳せながら巡ってみたい。
大阪医大の別館  阪急電車を高槻市駅で下車する。バス停6番乗り場で、32系統上成合、33系統川久保行のバスに乗って磐手橋バス停を目指す予定であったが、ブラブラ歩いて足慣らしもいいのではと思いなおし、バス道を磐手橋バス停まで徒歩で進むことにした(9:22)。
 まず、線路沿いに北西に進み、大阪医大の角で北に向かう。大学では特徴的な建物が目に入るが、この大学の「別館」は、イスラム様式の個性的な意匠で国の有形文化財となっている。
大阪医大の別館
「金龍寺跡」の表示  車道を北に進み、JRの線路を越えて別所の交差点で右折する。府道79号を北に進み名神高速の下をくぐると、その先が磐手橋バス停だった(9:56)。
 阪急高槻市駅からここまで30分と少々の時間を要した。バス停近くに「金龍寺跡」の表示があり(写真左)、この先から太閤道が始まる。
「金龍寺跡」の表示
 「金龍寺跡」の表示から、すぐに太閤道に進もうとも思ったが、その前に、まず、安満山古墳群を見学しようと思いたち、高槻市立公園墓地の方に登っていった。安満山古墳群は公園墓地の先にある。
 墓地への道からは東側遠くに阿武山方面の山並みが見えている(写真右)。
遠くに阿武山方面の山並
遠くに阿武山方面の山並
太閤道への入口  墓地公園の入口に安満山古墳の案内看板があったが、それによると、古墳はここから更に1km先と表示されている。今日は日照りがきついので、1kmの距離は厳しいと判断し、安満山古墳の訪問はあきらめ、太閤道の入口に戻ることにした。
 太閤道の入口から太閤道に入る(10:10)。ここには金龍寺への丁石が立つ。梵字が彫られ丁石が、ここから金龍寺まで導いてくれる。すぐに太閤道コース登山口の道標も登場する(写真左)。
太閤道への入口
 金龍寺への丁石は、その参詣道に極楽往生を願う「十三仏信仰」に基づき十三基の丁石が立てられ、それぞれに丁数と十三仏を表す梵字が刻まれているというが、「三丁」の丁石は所在がわからないらしい。
 その丁石を確認しながら幅の広い山道を進んでいくと小橋を渡る(10:17)。その小橋を渡ると細い山道になって、前方に赤い鳥居が見えてくる(写真右)。
三好大明神の赤鳥居
三好大明神の赤鳥居
三好大明神  赤い鳥居は三好大明神の鳥居で、鳥居の先に正一位の三好大明神が鎮座し、その周囲にも多くの神々がおわせられる。手を合わせて、今日の山歩きの安全をお願いした。
三好大明神
 三好大明神からは階段道を登っていき、荒れた感じの竹藪の脇を進む。
 右手側の下方に流れの水音を聞きながら坂道を登っていくと、登り切った辺りから昨年の台風の爪痕が増えてくる。無残な倒木が道脇に残っている。
丁石と金龍寺への道標
丁石と金龍寺への道標
 その先、流れを何度かクロスしながら山道を登っていくと、石階段となった(10:31)。この階段で男性ハイカーとすれ違う。地元の方のようだ。
 次に十一丁の丁石が登場し、その丁石からつづらの登りになった(写真右)。
金龍寺へのつづら道
金龍寺へのつづら道
座禅石  つづらの登り道は、適度に落ち葉が積もり歩き易い道だ。快適に歩きながら高度を上げていく。
 すると、道の傍らに大きな岩が横たわっているのが確認できた。その岩には「座禅石」の表示がついている(写真左 10:36)。「座禅石」の手前には「白馬石」もあったようだが、それは見落としてしまった。
座禅石
十三丁の丁石 金龍寺跡
十三丁の丁石 金龍寺跡
 座禅石の先で坂道は終わり、周囲に石垣が見えてきた。金龍寺の跡地に到着のようだ(10:39)。すぐに十三丁の丁石が登場してその後方に二体の地蔵が祀られていた(写真上)。この一帯は、シャガの群生地らしいが、いまはその名残もない。この先が金龍寺の境内跡で、広い敷地に石垣とわずかな石塔が残るだけになっていた。寂寥感が漂う場所だ。ここは延暦9年(790年)創建の古い寺で、江戸時代には桜や松茸狩りの名所であったらしいが、明治以降に荒廃し、昭和58年にハイカーの火の不始末で焼失してしまったらしい。 七重石塔
七重石塔
太閤道  金龍寺跡で少々休憩を入れた後、そこを出発した(10:48)。「若山神社3.4km(高槻市ハイキング協議会)」の道標に従う。
 台風被害の倒木の目立つ山道をつづらに登ると、七重石塔が立ってた(写真上 10:51)。その先には、倒木に埋もれるように宝篋印塔が確認できた。この辺りで、北東に進んでいた山道が東向きに変わる。周囲は、まだまだ台風の爪痕が多く残っていて痛々しい。
 その倒木帯の中をだらだらとした登りが続く。
太閤道
 道標に従い、太閤道を進んでいくと頭を黄色に塗られた古い石柱が登場し、そこから山道の傾斜が緩んだ(写真右 11:04)。その先にもう一つ頭が黄色の石柱があり、次に若山神社方面と「悠久の丘」方面の分岐表示が登場した(写真下 11:08)。 太閤道の石柱
太閤道の石柱
悠久の丘分岐  「悠久の丘」方面の分岐から、少し、悠久の丘の方に進んでみた。
 よく歩かれた山道が続き、途中、ベンチも置かれている。その、ベンチを過ぎて少し下って行くと、再度ベンチが登場し、そこから右手側に展望が広がった(写真下 11:14)。市街地の中を突っ切って阪神高速が横たわり、そこを行き交う車列が遠望できる。ここで、しばしの休憩を入れる。
悠久の丘分岐
見晴台 見晴台からの展望
見晴台 見晴台からの展望
 ベンチで展望を楽しんでいると四人組のご婦人ハイカーがやってきた。展望のベンチはご婦人方にお譲りして、当方は太閤道に戻ることにする(11:18)。
 先程の「悠久の丘」方面分岐まで戻り(11:20)、こんどは若山神社方面に向かい太閤道を進んでいく。
 この辺りの太閤道にも周囲に倒木が多く残っている(写真右)。山道の倒木処理は大変であったろうと、関係者の尽力に感謝する。
倒木の残る太閤道
倒木の残る太閤道
 少し進んで、左手側に岩神神社への道が分岐していた(写真右 11:33)。この分岐には「岩神神社分岐」を示す道標と共に、鉄塔の巡視路の赤い「火の用心」も立てられている。その「岩神神社分岐」のすぐ先には鉄塔が立ち、太閤道は鉄塔の下をくぐって続いている。 岩神神社分岐近くの鉄塔
岩神神社分岐近くの鉄塔
反射板  鉄塔を過ぎると暗いヒノキの林の中に入る。
 味気ないヒノキ林を少し進むと少し展望の開ける場所に出た。そこは反射板が設置されたところで、そのために周囲の樹木が伐採されていた(11:36)。
反射板
 反射板から太閤道を2分進んだ所で若山の山頂に至った(11:38)。私製の小さな山名表示が、ここが若山山頂であることを示していた(写真右)。若山山頂からは展望は全くない。山道から少し外れたところに「三等三角点:点名成合」が設置されていた。
 三等三角点「成合」(なりあい)標高 315.23m
 所在 高槻市大字成合436番1
 若山山頂は全く展望はないが、道脇の倒木がちょうどベンチのようになっていて、座り易い感じであったのでここで昼食休憩とした。
若山
若山
若山の山頂 三等三角点:点名成合
若山の山頂 三等三角点:点名成合
119番通報ポイントD-5  昼食のお握りを頬張っていると、若山神社方面から二人のハイカーがやってきて、三等三角点成合の写真を撮りながら、「ここは展望がないなー!!」と話をしながら、金龍寺跡の方に進んでいった。
 15分程若山山頂で休憩し、そこを出発した(11:52)。
 若山を出発するとすぐに高圧鉄塔の脇を過ぎる(11:54)。その先の分岐は右に進むと(11:58)、次に「119番通報ポイントD-5 島本町消防本部」の表示(写真左 12:00)。この辺りから島本町に入ったようだ。
119番通報ポイントD-5
 119番通報ポイントD-5には丸太のベンチがある。そこから緩やかな下りになり、次に通報ポイントD-6で太閤道は鋭角に切り返している。
 その先で、鉄塔が登場し周囲の樹木が切り払われていた(写真右 12:07)。この辺りでランニングの方とすれ違う。この一帯の太閤道は緩やかな傾斜で、ランニングもしやすいのだろう。
鉄塔脇の太閤道
鉄塔脇の太閤道
太閤道と舗装路  その少し先で太閤道の山道は舗装路に突き当たった(12:10)。ここから舗装路と太閤道の山道が並行して進んでいる(写真左)。
 山道の方を進んでいると前方で人の話し声が聞こえてきた。何かな・・?と思いながら進むと、そこはベンチのある展望の場所だった。7人のハイカーがその展望を楽しんでいた。淀川三川合流の地点が見えている。素晴らしい展望に出会い、ここでもしばしの休憩を入れる。
太閤道と舗装路
太閤道の見晴展望1 太閤道の見晴展望2
太閤道の見晴展望1 太閤道の見晴展望2
 淀川三川合流を展望した後、太閤道を先に進む。舗装路に沿っていた山道は、やがて舗装路と合流し、車止めの鎖の脇を通過して進むと、119番通報ポイントD-3でゴルフ場のフェンスに突き当たった(12:25 写真右)。ここは「四ツ辻」で道標が立ち、左折は舗装路で川久保の方に下って行く。ここを右折すると、再び山道に入る。 四ツ辻
四ツ辻
ゴルフ場沿いの太閤道  四ツ辻を右に入ると山道にはなるが、それはゴルフ場の周囲を迂回する道で、フェンス沿いの薄暗い箇所が多い。おまけに、アップダウンも結構あって、タフな山道になっている。
 しかし、ゴルフ場と反対側の山林は、府の自然環境保全地域で、シイの林が広がっている。樹齢200年を越すツブラジイ主体の府下でも有数のシイの林らしい。この植生は都市近郊では珍しいと看板が説明していた。
ゴルフ場沿いの太閤道
 20分弱、ゴルフ場沿いの山道を進んで「若山神社大阪府自然環境保全地域」の看板の所(119番通報ポイントD-1)で、道は90度に右折する(写真右 12:43)。
 ここからは、丸太で整備された階段の下りとなる。よく整備された道ではあるが、急な下り階段の連続で、脚部に負担が増してきた。地形図を見ても密となった等高線が、その急勾配を示している。この下りには余力を持って臨みたい。
若山神社大阪府自然環境保全地域
若山神社大阪府自然環境保全地域
若山神社へ到着  約14分を要して階段を下ったところが若山神社だった(写真左、下 12:57)。
 神社に入ったところに「太閤道ハイキングコース」の看板があり、それによれば西天王山若山神社から、四ツ辻、金龍寺跡を経て磐手橋(成合)まで、所要時間約2時間と案内されていた。当方は、そのコースを約2時間50分も要してしまった。
若山神社へ到着
若山神社 淀川三川合流眺望
若山神社 淀川三川合流眺望
若山神社石柱  本日の太閤道の山歩きが無事に若山神社まで到着できたことを感謝して、神社に御参りする。その後、境内を散策していると、「淀川三川合流眺望」の案内看板が目に入った。境内から、樹木越しに三河川合流地点が見えている。三川とは、桂川・宇治川・木津川であり、雄大なパノラマのはずだが、繁茂した樹木が雄大さの妨げとなっていて、少々残念。
若山神社石柱
 若山神社は秋の紅葉で著名と聞く。秋の再訪を思いながら、神社を後にする。長い石階段の参道を下って行き、住宅地から若山台センターバス停に向かう。バス停で20分ほどバスを待ち、阪急水無瀬に向かうバスに乗る。10分ほどバスに揺られて、阪急水無瀬駅に到着した。太閤道は、途中、淀川三川合流などの展望場所があり、楽しく歩けるコースでした。 若山台センターバス停
若山台センターバス停
●太閤道は、天王山の戦いの前の「中国大返し」の大移動で秀吉軍が駆け抜けた道とも伝わるものの、真偽は定かではないらしい。ただ、古戦場を見下ろして歴史のロマンに思いを馳せることは十分に可能でした。
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