天王山・十方山 (お勧め度★★★) 関西の山【7-33】

阪急大山崎駅(9:55)==宝積寺(10:14)==旗立松展望台(10:38)==天王山(10:55)==奥の山展望広場(11:40)
==小倉山(11:51)==十方山(12:00)==小倉神社分岐(12:16)==柳谷観音(13:04)==小倉神社分岐(14:00)==
十方山(14:12)==水無瀬の滝(15:00)==JR山崎駅(15:34) (約5時間30分 平成31年2月2日)  
ROUTE MAP
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説明が青色文字の写真はクリックで拡大します。
 羽柴秀吉と明智光秀が覇権をかけた山崎の合戦。その勝者、秀吉が天下人となり、戦場であった天王山は、「天下分け目」の代名詞となった。その天王山は昨年の台風で大きな倒木被害があったと聞く。今日(平成31年2月2日)は、被害から復旧しつつある天王山と、十方山のエリアを巡ってみた。併せて、柳谷観音、水無瀬の滝も訪問する。
       
大山崎駅からの展望  阪急電鉄に乗って大山崎駅までやってきた。ホームから天王山に連なる山々が見えている。この山域は京都西山の南端に位置し、ここにかつての摂津国と山城国の国境があった。現在では大阪府との京都府の県境になっている。
 京都府に位置する大山崎駅の改札を出て、駅前のコンビニで食料を調達して山歩きに出発する(9:55)。
大山崎駅からの展望
「天王山登り口」の石柱  駅前の道路(西国街道)を西に進むと、すぐに、住宅の壁面に張られた「山崎聖天参道近道 天王山ハイキングコース近道」の大きな看板が目についた。近道の文字に引かれるようにその路地に入って進むとJRの踏切になる。この踏切を渡ったところに、「天王山登り口」の石柱の表示が登場した(10:05)。
 ここには、「歴史街道百選」と題された山崎宿の古い絵図の陶板や、山崎宗鑑冷泉庵跡の表示、「天王山観光案内図」などがにぎやかに立ち、否が応でも歴史の道の雰囲気を増幅してくれる。
「天王山登り口」の石柱
 天王山登り口の表示に従い、北に舗装路を進み始めたが、これがいきなりの急坂で、気合を入れなおす。
 坂を登り切ると宝積寺(ほうしゃくじ)で、節分会の赤い幟が迎えてくれる。石段を登ったところが仁王門で、赤い「大黒天」の提灯と仁王が、にらみを利かせながらお出迎えである(10:14)。
 仁王門から麓の方を振り返ると、住宅地の中に淀川の流れが見渡せて、景色良しである(写真右)。
宝積寺仁王門からの展望
宝積寺仁王門からの展望
宝積寺の参道  仁王門から境内に入ると右手側に立派な三重塔が見えている。この宝積寺の歴史は古く、724年、聖武天皇の勅命を受けた行基による開基と伝えられ、山崎の戦いで秀吉が本陣を置いたところでもある。
  さっそくお参りし、「天王山登頂証明書」を100円で買い求めた。
宝積寺の参道
 この天王山登頂証明書には、「あなたは天下分け目の天王山の頂上をきわめられました。・・・天王山から、いざ出陣」と書かれ、否が応でも気持ちが昂揚する。
 まだ天王山には登っていないが、明日からの運気が開けたような気持になり、ニンマリと顔が緩む。
宝積寺
宝積寺
天王山への登り  いつまでもニンマリとしていると変な奴なので、早々に天王山山頂を目指して出発とする(10:19)。
 本堂右手側から山道に入る。
 竹林脇の山道をつづらに登っていく。地元の方なのか、はたまた観光客の方か、何人もの方が坂道の先を登っている(写真左)。
天王山への登り
 10分ほど登ると、広場状の場所に到着した(10:30)。ここは、青木葉谷展望広場で、ベンチとテーブルが設置され、休憩する者が多い。 青木葉谷展望広場
青木葉谷展望広場
青木葉谷展望広場の展望  青木葉谷展望広場からは、大阪平野が一望であり、あべのハルカスや大阪城が見えることがあるという。今日は晴天で、空気も澄んでいるが、大阪城が見えているのかな。
青木葉谷展望広場の展望
 青木葉谷展望広場で少し休憩を入れた後、そこを出発する。
  数分ほど登ったところで、大きな鳥居が見えてきた(写真右 10:38)。
  これは、酒解神社(さかとけじんじゃ)の鳥居で、ここが旗立松展望台(はたたてまつてんぼうだい)になっている。
酒解神社の鳥居
酒解神社の鳥居
旗立松展望台 旗立松展望台の展望
旗立松展望台 旗立松展望台の展望
古戦場の三川合流地帯  さっそく、先客に交じり、展望台に登ってみた。旗立松展望台からは、天王山の戦いで秀吉、明智の両軍が布陣していた古戦場や桂川・宇治川・木津川が合流し淀川になる三川合流地帯を見渡すことができる。
 視界は広くないが、街並みと共に望むその景色は「京都の自然二百選」に選ばれるほど、絶景である。
古戦場の三川合流地帯
 また、この展望台の一角に、秀吉軍が自軍の士気を高めるために松に旗を掲げた旗立松がある。天王山の戦いの際、秀吉軍がここの松の樹上高くに「千成瓢箪」の旗印を掲げたとされ、それで勢いづいた秀吉軍が天王山を制圧し勝利したと伝わる。現在の松の木は七代目らしく、まだ若い松の木であった。
 なお、松展望台には、山崎の合戦に関する絵図の大きな陶板がいくつもあり、歴史を振り返るにはもってこいの場所になっている。
大きな絵図の陶板
大きな絵図の陶板
十七烈士の墓の分岐  旗立松展望台を後にして、山道を登っていくと、複数の道標が立つところで十七烈士の墓の分岐となった(10:43)。左の階段を登っていくと十七烈士の墓に至るようだが、台風被害が残っていて道は閉鎖されていた(写真左)。なお、十七士の墓とは、禁門の変(1864年)の時、戦いに敗れ天王山中で自刃した隊長真木和泉守以下十七名の眠る墓で、後の明治時代に彼らの業績を顕彰するために立てられたものらしい。幕末維新の史跡として重要なもののようだが、今回は立ち寄ることができなかった。
十七烈士の墓の分岐
 次に、酒解神社の末社・三社宮の前を通過する(10:47)。石段の上にある三社宮には、天照大神、月讀大神、蛭子神の三柱が祀られている。
 三社宮の先で、酒解神社の古い建物が見えてきた(10:48)。
三社宮
三社宮
 大山崎町教育委員会による説明札によれば、酒解神社の祭神は、酒解神と素戔嗚命他九柱で、その創建は奈良時代にまで遡るとされている。平安時代の延喜式神名帳にも名神大社であると記されているものの、中世には麓の離宮八幡宮の勢力が強大となり、酒解神社は山崎山(天王山)上に遷座し、やがて天王社と呼ばれるようになって、山名も天王山と呼ばれるようになっていったらしい。
 酒解神社の社殿はフェンスで囲まれガードされている。
酒解神社(さかとけじんじゃ)
酒解神社(さかとけじんじゃ)
天王山に到着 天王山
天王山に到着 天王山
 酒解神社を過ぎると、周囲に台風被害の倒木が目立つようになる。倒木を切り払って片付けがされており、通行はできるが被害の大きかったことが間近に伝わってくる。
 倒木の脇を縫うように登っていくと、天王山の山頂に至った(10:55)。阪急大山崎の駅を出発して丁度一時間が経過していた。
天王山山頂
天王山山頂
天王山の展望広場  天王山は標高270.4メートルの標高で、山頂は木立に囲まれ展望はない。広場のようになった山頂には構築物の礎石らしき古い石が数個転がっていた。かつての城の遺物だろう。
 広場横には少し小高い丘のように盛り上がった場所があり、そこに「天王山山頂 標高 270.4メートル」と記された標柱が立っていた(写真上)。なお、山頂直下にはベンチの設置された広場があり、そこは少し展望がある(写真左)。
天王山の展望広場
 また、天王山山頂には山崎城の井戸跡も残されている。秀吉が築城した山崎城の石積み井戸の遺構のようで、雨水を溜めて利用したのであろうと説明されていた。
 天王山で、歴史に思いを馳せた後、山上を後にした(11:10)。次は、十方山に向かう。
 天王山山頂から登ってきた道を少し下ると、小倉神社・柳谷方面の道標が立つ分岐がある(11:12)。ここで、小倉神社・柳谷方面に進む。
無残な竹林
無残な竹林
激しい倒木  すぐに竹林の脇を過ぎて進む(写真上 11:15)。ここでは、竹林の竹が、一面になぎ倒されていて、無残な姿になっていた。竹林でも台風被害が大きかった模様だ。先を進むご婦人ハイカーが「以前来たときはキレイな竹林だったのに・・・!こんなになって、ショックやわ・・。」と嘆いておられた。
 その先も、ハイキング道脇の至る所に倒木が確認できた(写真左)。しかし、道を塞ぐ木々は切り払われて、応急の整備はよくなされている。関係者の方の努力に敬意を払いたい。
激しい倒木
 その先で、龍神の池の分岐となる(11:24)。龍神の池は麓の村の灌漑用の溜池であった旨の説明表示があったので、池の確認のため分岐に入ってみた。すぐ、池に到着したが、池は干からびた感じで、枯葉が堆積していた。龍神の池から、ハイキング道に戻り小倉神社方面に進む。
 白い道標に「サントリー」と手書きされた分岐が登場(11:35)。この分岐からはサントリー蒸溜所の方に下っていけるようだ。その先も、倒木が続くが、その倒木の間で「奥の山展望広場」の表示が登場した(写真右 11:38)。どんな展望台なのか、足を延ばしてみることにする。
奥の山展望広場分岐
奥の山展望広場分岐
 分岐を入ると、すぐに奥の山展望広場に到着となる(写真右 11:40)。ここは反射板の立つ展望台で、パノラマはないが、眼前に大山崎町の街並みが展望できる。条件が良ければ、京都タワーなどの京都市内も望めるらしいが、今日は京都タワーまで見えているのだろうか・・・。
 しばらく展望を楽しんでいたが、麓からハイカーが一人登ってこられたので、景色はその方に譲って、当方は、元のハイキング道に戻り、小倉神社方面に進む。
奥の山展望広場
奥の山展望広場
十方山分岐  少し進んでT字路に突き当たる(写真左 11:48)。ここが十方山への分岐である。左に進めば十方山、右に進めば小倉神社、柳谷方面となる。T字路の前方には対峙する浄土谷方面の山々が見えている。
 ここで、左折して十方山方向に進んだ。
十方山分岐
 十方山方向に進み始めると、すぐに右手側に分岐が登場した。何の分岐か確認しようと少し進んでみた。倒木が道を塞ぐが踏み跡に従うと、そこは小倉山の山頂であった(写真右 11:51)。小倉山の山頂は倒木でめちゃくちゃの状態だが、その中に山頂表示の木柱が立ち、「小倉山 305m」と表示されていた。
 小倉山の山頂からは展望はなく、倒木もすごいので、早々にそこを後にする。
小倉山
小倉山
十方山  十方山に向う道に戻り、先を急ぐ。倒木が激しいが、歩行できるように整備が進められている。この道で二人のハイカーとすれ違った。十方山の登るハイカーも少なくないようだ。
 しっかりとした山道を進んでいくと、小倉山から約10分弱で十方山の山頂に到着した(写真左 12:00)。十方山には、先客がいて昼食中だったので、あいさつを交わす。この山頂には、各方位の山々を示す名物の方位柱がある旨聞いていたが、今はすっきりしたものに変わっていた。なお、十方山山頂には三等三角点(基準点名:天王)が設置されている(写真下)。
十方山
十方山山頂 十方山三角点
十方山山頂 十方山三角点
小倉神社・柳谷分岐  十方山山頂で少し休憩を入れながら、この先のルートを検討する。ここから、水無瀬の滝に下って行く予定であったが、まだ時間が早かったので、少し足を延ばして柳谷観音まで進んでみることにした。
 十方山山頂を出発して(12:05)、やって来た道を戻っていく。10分弱でT字路の分岐まで戻ってきた(12:14)。ここはまっすぐ小倉神社方面に進んでいく。
 すると、その先でベンチのある分岐となった。ここで小倉神社方面と柳谷観音方面の分岐となっている(写真左 12:16)。
小倉神社・柳谷分岐
 ベンチのある分岐から、柳谷観音方面に下って行こうとしたが、その道は通行止めとなっていた。倒木の激しい箇所があり、まだ復旧していないとの掲示がある。他に二名のハイカーも、ここで柳谷観音方面に下って行くかどうか思案中のようであった。当方もどうしようと考えていたところ、下から一人のハイカーが登ってきた。その方に聞くと、一か所ひどい倒木があるが、注意すれば通行はできるとのこと。その言葉をいただき、柳谷観音方面に下って行くことに決定した(12:25)。 半端ない倒木
半端ない倒木
楊谷寺・乗願寺分岐  よく歩かれた道を下って行く。周囲におびただしい数の倒木が確認できる(写真上)。8分程下った所で前方に激しい倒木があり、道が完全に塞がれていた。ここで思案となったが、よく見ると倒木の脇を大きく回避する脇道の踏み跡がついていた。幾人かの先人が、通行したことがわかる踏み跡である。その踏み跡に従い、倒木を回避して更に下って行く。その先で、3組5名のハイカーとすれ違い、挨拶を交わしながら下って行くと舗装路に飛び出した(写真左 12:46)。
楊谷寺・乗願寺分岐
柳谷観音  ここで、舗装路を少し登ると、道脇に「楊谷寺柳谷観音・乗願寺」の道標が立っていた。その道標に従い柳谷観音方面の山道に入る。ここは軽トラが入ってくるような車輪痕のある山道で、その先が竹林となっていた。竹林を抜け、更に山道を進むと、また舗装路に飛び出した(12:58)。この舗装路は京都府道、大阪府道79号の柳谷道で、この府道を少し登っっていくと道脇に石灯篭が立ち並ぶこととなって、そこが楊谷寺柳谷観音であった(写真左 13:04)。
柳谷観音
 楊谷寺は京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷にある西山浄土宗の寺院で、独鈷水の眼病平癒祈願の寺として、また近年は紫陽花の寺としても知られている。通称は柳谷観音で、新西国三十三箇所第17番札所でもある。
 少々緑内障の気がある当方は、ここでよく手を合わせてお参りした。
楊谷寺
楊谷寺
小倉神社分岐  柳谷観音楊谷寺にお参りした後、また、元の道を戻り、十方山から水無瀬の滝に下って行くことする(13:19)。
 府道79号の柳谷道から竹林の山道に入り(13:30)、再び舗装路に出た(13:38)。ここで、近くにある乗願寺にもお参りしようかと思ったが、それはまた次回とする。「台風の爪痕で倒木が発生!入山を控えるように(長岡京市)」との表示を目をつむって越え、山道に入る。倒木の激しい箇所を無事に超え、ベンチのある分岐まで戻ってきた(写真左 14:00)。
小倉神社分岐
 このベンチのある分岐は、天王山ハイキング道を散策する者の休憩ポイントで、先ほど90分ほど前に通過した際には、多くのハイカーがベンチで休憩し、談笑していた。しかし、午後二時となった今はもうだれもいない。向かいの山々を遠望できるベンチも利用者がなく、さみしそうだった(写真右)。 天王山ハイキング道のベンチ
天王山ハイキング道のベンチ
十方山の倒木 その先で、天王山、十方山の分岐点から十方山への山道に入る(14:02)。
 倒木の中の細い山道を進み、十方山に再びやってきた(14:12)。十方山の山頂にも人気(ひとけ)がない。三角点と十方向を示していた元方位柱がポツンと立っていた。
 十方山山頂近くにも痛々しい倒木の姿が多く目についた(写真左)。
十方山の倒木
 十方山からは水無瀬の滝を目指す。
 十方山を過ぎると山道は下りとなる。それと共に、倒木の状態が半端ないものとなった。「滅茶苦茶」という言葉がぴったりとくるような倒木の状況である。山歩きを初めて十数年になるが、このような倒木に遭遇したことがない。
 倒木をまたいだり、その下をくぐったりと、緊張の山道が続く。ただし、必要最低限の整備はされているので、30分弱を要して何とか無事倒木エリアを通過した。
十方山下りの倒木
十方山下りの倒木
竹林エリアに突入竹林を抜ける
竹林エリアに突入 竹林を抜ける
眼下に名神高速と市街地 倒木エリアを通過すると竹林の中の下り道となる。
 整備がされた竹林の散策路は風情があるが、この辺りの竹林も台風被害があったようで、少し荒れた感じがするのが残念である。その竹林エリアの出口が近づくと前方が明るくなって市街地が見えてきた(写真上)。更に進むと、眼下に高速道路が見えてきた。行き交う車の列が天王山トンネルに飲み込まれていく。見飽きない雄大な景色に、しばしここで休憩を挟む。
眼下に名神高速と市街地
 眼下の高速道路をしばらく眺めた後、麓に向かい下りはじめる。急なつづらの道を下ると跨線橋に出るがこれを渡らないで、高速道路沿いに北に進む。
 階段を下り、登り返したところが水無瀬の滝だった(15:00)。水無瀬の滝は、天王山断層によって生じた高さ20メートルの滝で、水枯れをしたことないという。もっと水量があった昔は、歌人によって歌にされたという。今は静かに流れ落ちる滝だった。
水無瀬の滝
水無瀬の滝
サントリー蒸溜所の前 水無瀬の滝から高速道路の下をくぐり住宅地に出る。そこは島本町東大寺の住宅地で、新しい家が立ち並んでいる。その中を、阪急山崎駅に向かう。サントリー蒸溜所の前、てっちゃんが線路沿いのフェンスに並んでいた。ここは電車や貨車が行き交う絶好の撮影ポイントだ。蒸留所の前で踏切を渡り西国街道から離宮八幡宮の前を通って阪急大山崎に戻ってきた(15:29)。しかし、阪急線は事故で運休!・・・エエエッ。」やむを得ず、JR山崎駅に向かい、そこから帰途についたのであった(15:34)。
サントリー蒸溜所の前
● 台風21号の倒木の被害で、大山崎町は天王山のハイキング道を全面通行止にしていたが、復旧を目指して進められた森林整備で、天王山ハイキングコースは平成31年1月24日からほぼ全コースが開通された。しかし、コースの途中には、倒木や枝葉が道の脇に置いてあるなど、歩行には十分な注意が必要なことを注記しておきます。
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